思い出のラーメン

思い出のラーメン

コンビニにいけばグルメ雑誌が沢山置かれている昨今において、新しい味が常に求められている様に思います。特にラーメンは無数にお店も増え、全世代をターゲットに数年前から激戦状態が継続中です。

そんな中、逆行するかのように私は忘れられない味を求めてきました。

今でこそ魚介ダシ太麺コッテリ背脂・・・と数えきれないくらいに色んなラーメンの個性があります。確かに美味しいとは思いますが、心が満足するものに出会った事がないのです。

結局は昔ながらの中華そばと申しますか、しょう油ベースであっさりとした最も典型的なラーメンこそ、私の心に残るラーメンです。

ですが、それもお店ごとに味が異なります。見た目にはソックリですが、麺も違えばスープも違います。

記憶に残る想い出の味を再現するかの様なラーメンを探すのは実に困難です。

それでも諦めず、私は古い町にポツンと佇む中華料理屋さんに出向くのです。

さて、いわゆる中華ソバを提供する古い中華料理屋さんは、たまたまかもしれませんが、よく経営出来てるなと思うくらいお客さんがいません。

私がお昼時にお店に入ると、食事中の店主が予想外の来客に慌てていた事もあります。

普通だとカウンター奥の客目につかない場所でひっそりと食事をするものですが、こうした中華屋さんは堂々と店のテーブルで食事をします。

別にそんな小さな事を気にする私ではないですし、一緒の方が雰囲気もあって結構な事だと思っているくらいです。

ですが先日、そんな私もさすがに驚いた事がありました。

オバちゃんが、目の前でテレビを見ながら洗濯物を畳み出したんです。

あまりにも常識を逸脱して清々しい程です。息子になった気分がします。

お店の店員の態度にクレームを入れる人がよくいますが、そういう人には是非中華料理屋でおおらかな世界を覚えて頂く事をオススメします。

そして肝心な味についてです。あの頃食べたものとほとんど同じだろうと思われるものもありますが、私も現代の贅沢が身に付いているのかもしれません。

焼豚の小ささだとか、具のスカスカした感じがどうしても物足りない。

でも、そんな事はどうでもいいとも思えてきました。思い出の味というのは前述した家族の様な雰囲気が作り出す記憶そのものではないでしょうか?

一緒だから美味い。そんな大切な記憶なのです。

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「ごちそうさま」と言うべき

外食屋さんに食べに行ったら、帰り際に「ごちそうさまでした!」って感謝の気持ちを店員さんに伝えてから必ず帰りますよね? え、言わないですか? 言いましょうよ!

私はご飯を食べたら、どんなときでもどんな場合においても作ってくれた人に対して「ごちそうさまでした!」と伝えます。本来は食した食べ物に対して言う言葉だとは思うのですが、料理を提供してくださった方への感謝の気持ちを表すためにも使っています。「料理を作ってくれてありがとうございました!」なんていうと長いですからね(笑)

ですが、外食屋さんに行って帰るお客さんを観察してみると、意外とそれを言わない人がいるんですよね。びっくりです。そして悲しいです。お金を払うと「ありがとうございました!」と感謝する店員さんに、背を向けてスタスタ帰ってしまうんですよ? あれでは店員さんもいい気持ちしないと思います。

そんな態度をとられてしまったら、私だったら、何か料理に不備があったり気を害すような振る舞いをしてしまったのではないかとそれを重く受け止めてしまいます。

これまで観察してきた中で、最も感じが悪く感じられたのは、30歳代くらいの中年、もしくは中年手前のサラリーマンさんでした。これは意外でしたね。さっさと食べてお金を払うと、ムスッとした感じで帰る人が結構いるんです。

仕事で疲れているのか嫌なことでもあったのでしょうか? でもそうだとしてもお店の人に不満感を出していい理由にはなりません。

学生と思われる若い子は思いのほか「ごちそうさまでーす!」と軽い感じではありますが、しっかり挨拶することが目立ちました。あ、でもそれは極端に分かれるかな? 挨拶をし無さそうな子はしませんし、しそうな子はしていますから。

高齢の方も分かれがちですね。「ごちそうさまでした!」と厨房にまで聞こえるほどの大きな声でしっかりと感謝を述べる人もいれば、すーっと無言で帰ってしまう人もいます。

なんだか総合してみると、半々って感じがしますね。みんな当たり前のように店員さんに感謝の気持ちを伝えるものだと思っていた私ですが、それは勝手な考えだったということなのでしょうか?

でも、感謝をされて不快に思う店員さんって、普通いないですよね? やっぱり「ごちそうさまでした!」って、しっかり言うべきですよね!

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