不安定な学説

不安定な学説

日進月歩で科学が発達していく中、様々な学説が展開されては覆されています。例えば健康に良いと思われた行動が、しばらくすると「間違いでした」と修正される様な事ですね。皆さんにもこういった覚えはあると思います。

まるで情報化社会の渦といった感じです。

最近で一番驚いたのは、どこのトレーニングジムでも教えている様な筋力トレーニング方法が間違いだらけだったりしていた事です。

そんな事を言うと日々筋トレに励み健康に気を付けている人に反論を頂く事も考えられますが、リハビリを目的とした某ジムによるお話なので、それはそれ、これはこれと思って頂ければと思います。

まずどんな間違いを指摘されたか。

一般的にトレーニングには反動をつけてはいけないと言われる事が多いのですが、まずそこの指摘がありました。

トレーニングによるのかもしれませんが、反動をつける事は決していけない事ではないとの事です。

ダンベルで腕を鍛える際、反動なしの場合には、ダンベルを持ったまま腕を下にピンと伸ばしている事があります。そこから反動なしで持ち上げる際、筋肉ではないスジに負担をかけてしまう事があるのだそうです。

それはケガに繋がります。

それよりは、腕を振る様なイメージで反動をかけてでも、負担をかけない様に腕を90度まで曲げ、そこでしっかりとキープする。その後ゆっくり下ろすとまたスジに負担がかかってしまいます。かといって真下に落とす様にすると重さで肩などにも負荷がかかるので、ブランコの様に弧を描く様にして重力まかせで下ろします。

これによりトレーニングが必要な場所だけに負荷をかける事が出来るので、余計なケガも防ぐ事ができます。

さらにトレーニング前のストレッチも問題との事。これが最大の衝撃でした。

ストレッチによって、筋肉の可動域を無駄に広げ過ぎてしまい、特定のスポーツをする上で不要な負担をかけるそうです。大切なのは、そのスポーツが使う動きだけで体を慣らす事だそうです。サッカーなら例えばボールを蹴るという動作ですね。ゆっくりとその動作を繰り返し、慣れてきたら徐々に蹴る力を強めていく、という具合に調整していく事がそのスポーツに適用したトレーニング法だとの事です。

しかしこれも一つの学説に過ぎません。ケガしない様、自分でしっかりと考えて行動すべきかもしれませんね。

日産フーガ

弱者優先か強者優先か

とある有名人の方がラジオでこんなことを言っていました。ゆっくりと狭い道で車を走らせている時に、左右も確認しないで渡ってきた歩行者がいたら、クラクションを鳴らして危険知らせるか、それとも止まって歩行者を安全に渡らせるか。一体どっちが本当の優しさなのか?

この答えは難しいものです。世間一般的な答えとしては、後者が正しいということになるでしょう。日本の交通法では弱者が優先となっているため、歩行者を車が気遣ってあげることが大切となるからです。

しかしながら、はたしてそれが本当の優しさなのかと、ラジオの方は言っていました。クラクションを鳴らして、左右の確認を怠って渡ってきた歩行者にこれは非常に危険な行為であると伝えることが本当の優しさではないのか? そう力説していました。

もし歩行者を下手に気遣って渡らせてしまっては、その人は今後も同じように左右確認もせずに道を渡ろうとするでしょう。そしていつかは、車にはねられてしまうかもしれません。それならば、危険を知らしめて、今後は注意するよう教えてあげることが、本当にその人のことを思っての優しさだというのです。

その場しのぎの優しさではなく、相手のアフターをしっかりと考えた上であえて厳しく接することの方が本当の優しさだということです。

当然このような刺激的な考えは賛否両論であるのは確かでしょう。しかし私はこの考えに非常に感銘しました。まったくその通りだと思いました。

正直なところ、弱者優先というのは建前ルールであり、実際は強者優先が日本の交通社会でしょう。車が走る道を中、歩行者が信号に守られて申し訳なく歩くというのが実状です。

へたに弱者優先という考えを人に植えつけるから事故が増えてしまうと言っても過言ではないと思います。強者優先を知らしめておけば、車に対する注意力が過敏になるため事故も減るのではないでしょうか。日本は車社会ということをしっかりと歩行者に植え付けなければいけません。

しかしながら、実際に強者優先にしたら車側が調子に乗ってしまってまた別の事故を増やしてしまうのでしょうけれども。まぁ、これは交通ルールを厳しくしたり免許取得を厳し~くすれば問題なさそうな気がしますね。

一番の理想は、車側は弱者優先を、歩行者側は強者優先という意識を持つことでしょうね。譲り合いの精神ってやつです。そうすればいちいちどちらが優先であるとルールで決める必要もありませんから。

お腹やせ